学校に通っていると何事もなく穏やかに生活できる人もいれば、勉強や部活、友人関係が嫌になって不登校になる人がたくさんいます。その原因は人によって違いますが、ほとんどが人間関係です。不登校になってしまった人は、普通の生活に戻れなくて悩んでいると思います。
自分が悪くないのに、学校のクラスメイトや先生に文句つけられたりすることありませんか?言った本人は気にしなくても、言われた人は気になりますよね?人を傷つけるような暴力や暴言で、怖くなってしまい学校に行けなくなった人もいます。
そんな原因を作った奴に復讐してやろうと考えたことはありませんか?嫌いな学校関係者を叩き潰したいと思ったことはありませんか?意外と検索するとたくさんあるんですよ。やられたらやり返していいんです。倍返しだ!
これから中学校で経験した実話を書いていきますが、不快に思う内容が含まれているので、障害者と心が弱い人は読まないでページを閉じてください。自分の子供が障害者で普通の学校に通わせている保護者と、クラスに障害者がいて迷惑だと思っている人には是非読んでほしい。
不登校の原因
保育園→幼稚園→小学校まで平凡に育ちました。3校が中学校に集まり入学しました。1クラスは男女各10~12名で合計4クラスありました。特に授業も難しくなくて中間テストも80~90点と平均点以上を保っていました。しかし問題が発生したのが1年の3学期でした。
クラスの席替えで出席番号順に並んでいるのだが、2回目の席替えの時に隣が障害者になってしまった。別にどうでもいいわ私に関係ないと思っていたのだが、たくさん問題が起きた。日直の号令や授業後の黒板を消したり、日誌を書いたりすることを1つもやってくれなかった。
給食当番の時に4時間目の授業が終わると準備をしないといけないのに、ノロノロやって配布するのが遅すぎて、掃除の時も同様に遅すぎて、最終的に他の人がやるようにと先生に言われる。理科の授業が理科室で実験を行う時に、ビーカーやメスシリンダーなど準備しないといけないのに、全く動こうとしないのでいつも最後になってしまう。
国語の教科書を読めと先生に言われると、ひらがなと簡単な漢字しか読めないのだ。山、海、川、森などは読めるのに複雑、往復などは全く読めない。漢字が読めないということは他の社会や理科、数学の教科書も読めないということです。読めないと前後左右の人が変わりに読むように先生に言われて、みんなが嫌がっている。先生は障害者が漢字読めないのを知っていて指名しているのだ。
日直の仕事できないくらいならいいが、給食当番はご飯も味噌汁も分けれないし食器もってるだけ、掃除で放置していたら先生に怒られて、理科の授業でのグループ活動は足手まといです。個人なら問題ないが団体行動ではみんなが迷惑だと思い嫌な顔をしている。自分はしっかりやってるのに何故障害者のおもりをしないといけないのか?担任教師がやればいいのに!
席替えから1ヶ月くらい経過したが正直我慢の限界に到達した。先生に席替えするようにお願いしたがダメと言われてしまった。理由を聞くと3学期だし2学年になるまであと少し、以前に障害者の隣にいた生徒が、嫌だから席替えしてくれとお願いされたそうだ。
障害者の隣の席の人に話を聞くと、同じように不快な思いをして限界だったから、今回の席替えが行われたのだ。つまり障害者がいる限り、クラスの誰かが、その期間犠牲にならないといけないということだ。隣の席が一番の被害者で、同じグループも二次被害のようなものだ。
障害者の情報
この障害者は他の小学校の奴であり情報を調べることにした。
「あいつ小学校の時に、犬の散歩して車にぶつかったんだ。それで犬だけ家に帰ってきて無事だったんだ。死んだと思って霊柩車呼んだら、まだ生きてたから救急車呼んだんだって!」
「お前それ嘘だろ?」
「嘘だよ~でも交通事故に遭って、頭がおかしくなったのは本当だよ(‘Д’)」
同じく障害者の隣の席にいた人に話を聞いた。
「○○ちゃんごめんね…私が嫌だって言ったから○○ちゃんが障害者の隣になっちゃった」
「○○ちゃんのせいじゃないよ…私もあいつ嫌いだもんマジで迷惑だわ」
「私も1学期の時にあいつの隣で嫌だったわ」
「あー困ったわ…どうするかな?席替えしても誰かが被害者になるしな…もう学校来たくないな」
自分が嫌な思いをして、初めて他の人が障害者を嫌がっていることに気が付いた。何事もなく過ごしていたのは、障害者の隣にいた友達が犠牲になっていたからだ。つまり3人が被害者であり、同じグループになった人だけが共感できる苦しみだった。3人は大人しくて反抗しなさそうなイメージの生徒だ。
特別支援学級に通っている障害者が1名いたが、この障害者はその教室へはいかず、クラスにいるんだろうか?なんでコイツが普通にいるんだろうか?障害者なのに…存在がみんなの迷惑なのに、保護者が普通のクラスにいるようにお願いしたのか?
「あいつのママいないんだよ…ある日いなくなったんだって」
「それは障害者になったから嫌になって姿消したってこと?」
「いや、その前からだね!いなくなったのは」
PTAなどの学校で1年に1回ほどある保護者の集まりがあるのだが、障害者の母が泣きながら子供のことを話していたそうだが、自分のことを母と言っているが、明らかにお婆さんだったそうだ。失踪した母の代わりにお婆さんが母親代わりなんだろう。
他の人間が笑顔で楽しそうに生活をしているのを見ると、ものすごく羨ましく、同時に激しい怒りが湧いてきた。なんで私達がこんなゴミのおもりをしているのに、笑っていられるんだ?クラスの全員が敵に見えるようになった。先生に大人しい生徒だと思われて舐められてるな…先生と障害者を潰そうかな?…
- 性別は女
- 母が失踪している
- 外観が気持ち悪い
- 身体機能は問題なく動く
- 漢字読めない
- 自分で判断できない
- 行動が遅い
- 事故の影響で障害者になった
- 母親が失踪
- 発達障害か知的障害
登校拒否
イライラして授業が集中できなくなってきて体調を崩し、学校へ行こうとするとお腹が痛くなり、頑張って途中までやってきたが、足が進まなくなり家に帰ってきた。それを3日ほど繰り返し学校を休んだ。家に来るとお腹痛は治まり安心して日常を過ごすことができる。これが登校拒否ってやつなのか。
学校から電話がかかってくると、おばあちゃんかおじいちゃんが対応し体調不良で休むと伝える。両親が帰ってきて登校拒否して休んだことを伝える。小学校ではありえなかったことなので、人生では初のことだった。両親にも心配かけたし、このままではいけないがどうしたらいいのか悩んで解決方法を考えた。
なんで私が障害者なんかのために苦しまないといけないんだ?休まないといけないんだ?役立たずのゴミのために犠牲になるのは気に入らない。だが私が文句言ったら他の生徒が犠牲になる。自分が助かるために他の人を犠牲にしてよいのか?誰か変わってくれる人いる?イヤだよね?自分だったら嫌だもんね。誰も犠牲にならない方法は?
誰も犠牲にならない方法などない。そんなのはきれいごとだ。仮面ライダー龍騎、るろうに剣心を思い出した。そして自分の中で答えに辿り着いた。
「戦わなければ生き残れない」
「所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ」
「先生は私達によけいな荷物を押し付けた…敵だ!障害者を倒せばいい…」
復讐開始
数日休んだが久しぶりに学校へ行くと、障害者が嫌で休んだんだとクラスのみんなは理解してくれた。そこで全員でグルになり障害者に攻撃を仕掛けて、学校に来れないようにしてやろうと作戦を考えて実行した。
障害者は休み時間は自分の席からほとんど動かない。クラスの人間と面白がって協力してくれる隣のクラスが全方位を囲み、一斉にチョークを投げつける!黒い制服が白い粉で汚れて頭を抱えてじっとしている。休み時間が終わり授業が始まると担任の先生がやってきて、やられたことを報告していた。
「なんでこんなことしたの?誰がこんなことしたの?これい○めだからね」
先生は涙を流してクラスに訴えるが誰の心にも届いてはいなかった。やはり先生はきれいごとで平和に解決しようと考えている。一緒にいて迷惑で不快に思う気持ちなど理解できないだろう。チョークは証拠が残るから、今度は消しゴムにしようと作戦変更した。障害者は担任の先生にしか話さないので、他の授業で担当の先生が変わっても何も言わなかった。
面白がって男子達は暴言を言うようになった。とても酷い言葉のはずなのに、聴いているだけで気持ちが落ち着いた。こんな風に感じることは今までになかったのに、遂に私も心が汚れてきたわ。でもこんな気持ちにしたのは障害者だ。誰も止めることなく、チクることなくクラスの全員がまとまったのだ。
翌日、障害者は学校を休んだ。作戦成功だ!私は久しぶりに笑顔になって学校生活を楽しんだ。だが次の日は障害者は登校してきた。私はお腹がいたくなり再び登校拒否が始まる。そうか…障害者は馬鹿だから気にしないのだ。
入院
不登校になり数日、遂に両親がブチ切れて学校へ電話した。担任教師に何を言ったのか知らないが。数日後に友達から変化があったと電話をもらい、どうなったか気になり登校した。どうやら先生が体調不良になり入院したそうだ。なんで入院したのか?この時は気にしなかったが、後から考えると、電話して数日後に入院しているので、精神的に追い詰められたのではないかと思う。
私達に障害者押し付けた先生など苦しめばいいし、ざまあみろ!これで障害者を守る人間がいなくなった。それから毎日のように障害者が攻撃されていた。それが楽しくて毎日学校へ通うことができた。自分の嫌いな人間が苦しんでる姿を見るのが最高だと思うようになり、完全に心が歪んでしまった。
ちなみに先生は退院したが、この学校に戻ってくることはなかった。
席替えで再び…
2学年になりクラス替えが発表された4クラスあるので、好きな人と一緒になる確率は25%だ。しかし貼り紙を見て目を疑った。好きな人とかではなく障害者とまた同じクラスだった。最初は出席番号順で同じになることはないが、1学期の後半に席替えが行われ、隣が障害者だった。
「これは絶対におかしい…学校側の嫌がらせだ…もう学校なんかいいや」
1学年の時に両親から電話で怒られているのに、何も知らない新しい担任が席替えでこうなってしまった。解放されると思ったのに悪夢は再び襲い掛かる。お腹痛くなり家に帰ると報告。担任の先生倒しても、引き継がれず完全な学校側からの嫌がらせに、もう呆れてしまい心折れてしまい1週間くらい休みました。完全な不登校になりました。
次の展開は予想できていたのだが、両親がブチ切れて校長室で怒鳴り散らした。翌日担任の先生が謝罪にやってきたのだが、何故私を障害者の隣にしたのか聞いた。大人しいから大人しい人の方がいいと思って選んだそうだが、その気遣いは裏目に出てしまい、結局1年で学校を休んだ情報は、何も引継ぎされていないことが証明されている。
「私が大人しくても両親は大人しくないんだよ先生…1年生の担任がなんで入院したか知ってる?」
「え?病気だったんでしょ?」
「なんで病気になったか知ってる?」
「いや…プライベートは聞かされてないんだけど」
「多分だけど私の両親が電話した時にブチ切れて何か言ったんだよ?その数日なの…入院したの」
先生は暗い顔をしていたが、本当はなんの病気で入院したのか私も知らなかった。きっと両親が何か言ったからだと思っている。私は自分の意見を言って約束してくれた先生は帰った。
- 2学期の席替えで障害者の隣にはしないこと。
- 3年生になったら障害者と同じクラスにしないこと。
学校など信用できないとは思ったが、これ以上は授業遅れるのはマズイと思い登校した。障害者はいつものようにターゲットにされていた。数日後に校長先生が学校を辞めました。もしかして…
3年生になりクラス発表があると障害者とは別のクラスで安心した。これで日常生活が戻ってくる。だが失った時間は戻らない。害虫は敵だと認識を忘れずに、できるだけ早めに対処して排除することを学んだ。大切なのは情報収集、協力してくれる友達、家族。そして自分自身の心を強く持ち計画して行動すること。
障害者の保護者へ
さて、障害者を家庭に持つ保護者はこの内容を見てどう思うだろうか?ものすごく不快に感じることだろう。だが自分たちが産み出した失敗作を特別学級に通わせることなく、普通の学校生活を送らせたいと思っているなら、考え直した方がいい。自分の子供がクラス全員から攻撃されてる姿など見たくないだろう。
この障害者を持つ家族は、他の子と変わらずに学校生活できるように、学校側へお願いして了承を得ていた。しかし、存在が周囲の人間に迷惑をかけて、不快な思いをさせていることに変わりはない。自分の子供のことだけ優先にして周囲のことは気にしなかったのだ。正しくジコチューである。
最初から特別支援学級に入れてれば誰も傷つかずに済んだんだよ。うちの学校には1つその教室があるんだからそこで学習すればいい。支援学級に入る条件とかあるのだろうけど、障害者の親って頭おかしいのが多いだろう。自分の子供は障害者ではないと言い張っていたのか?知恵遅れの足手まといが普通に生活できると思うな。
学校も社会も能力ので決まるんだ。生き残るには他人よりも優れていないといけない。障害者を雇用しようとしても、普通の人間ではないので必ず足を引っ張ることになる。それのどこにメリットがあるのだろうか?障害者など存在しない世界になればいいなと思います。
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